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鈴鹿Sound of Engine 2017(70年代F1編)



というわけで昨年のSoEです。画像が多いのでカテゴリごとで分割。




ティレル001

以前ティレルでレストアされたようです。ダウンフォースが少ないせいか他のマシンより走るペースは落としていました。






ブラバムBT37-2

2台作られた内現存する唯一の1台。トラブルで足を壊してあまり走っていませんでした。






ヘスケス308B

ピットに入れてくれるなど友好的なマスターズ勢でしたが、運営側から苦情があったのか2日目は若干厳しい感じに。その代わりかわかりませんが、ヘスケスをパドックに置いて暖機する大サービス。生ガスがかなり強烈で物凄い目に沁みます。




ウィリアムズFW04

シャシーナンバー不明。







マキF101C-002

75年製作のシャシーをF101Cに改修した個体だったでしょうか。もう1台F101Cがスパに、破損したタブを直したらしいF101Bがイギリスに残存していたはず。マスターズF1勢では群を抜いてガチな走りで、ウェット路面も全開でかっ飛ばしていました。




ロータス76

シャシーナンバーはモノコック座面にあったそうですが、自分はわかりませんでした。




マーチ761

トラブルでか走れなかったベータカラーの車はマスターズ勢の方でした。シャシーナンバー不明。




マーチ761

もう1台のピーターソン仕様は久保田さんの車。以前はシティバンクカラーだったようですが今回塗り直した模様。




マクラーレンM23

リシャール・ミル氏が持ち込んでいた車。ナンバー不明。






マクラーレンM26-1






ペンスキーPC4/001

アメリカンな感じの車でした。写真で見るとなんかバランスが変なんですが、実物見ると実にカッコイイ。写真写りの悪い車だというのが周囲と一致した意見でした。




コジマKE007-1-2

自分は確認できませんでしたが、正式なプレートが着いていて本物のモノコック(突貫工事で再製作した方)だった模様。次回自分も機会があったら確かめてみようと思います。
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  1. 2018/02/04(日) 17:32:27|
  2. イベント
  3. | コメント:3

遅くなりましたが

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

去年はイベントたくさん行って車を写真に収めたり、車買ったりといろいろあった一年でした。
今年もイベントたくさん行きたいですね。ブログの更新のほうはだいぶやる気が(
というかイベント行ってると記事をあれこれ書く気が起きないことに気付いた(


ピケさんファンさん

緑色のは83年のティレル012でした。TGP勢は全体的にフレンドリーでしたねえ。



  1. 2018/01/20(土) 22:29:34|
  2. 未分類
  3. | コメント:2

今年も





モタク仲間と鈴鹿Sound of Engineに行ってきました。
ヨーロッパからTGP勢が来襲、マキF101里帰りにR90CK-06完全復活などなど今年も見所たくさんでシャッター切りまくっていました。ヘスケスの生ガスは目と鼻に沁みた。こりゃあ来年も楽しみです。




  1. 2017/12/21(木) 23:23:19|
  2. イベント
  3. | コメント:2

スカイラインGT-R Gr.A仕様・初期テストカーの考察

前回の記事で残された資料からの推測で謎のカルソニックスカイラインの正体に迫ってみたが、いくつか誤った部分があるので訂正をしつつ追記を加えることとする。資料として購入したSKYLINE GT-Rという当時の写真集的な本と、スカイラインGT-R レース仕様車の開発という本がとても参考になった。

まず前回記事での誤った点を列する。

・カラーリングは90年にデビューしたカルソニックのものだが→×
 正確にはこの車の現在のカラーリングは93年仕様となっている。

・追浜テストカーの1号車(銀/紺)と2号車(リーボック風)→×
 後述するがどうやらリーボック風が1号車、銀/紺が2号車で逆のようである。

・BNR32の車体番号は000051が市販1号車→?
 通説ではこのようだが、実際には000051以後も謎の車や広報車があり、実際の市販は000100あたりからのように思われる(中期型のGTS25などは実際そうなっている)。

・デジタル時計は蓋がされて右側に何らかの赤いスイッチが追加されている。
 →赤いダイヤルはブレーキバランス調整用らしい。Gr.A実戦仕様はステアリング右に装備される。

・またこの色を見ての通り、元の色は白である。→?
 この車は一度ゼクセルスカイラインのレプリカにされてしまった経歴があり、初期テストカーは白だがこの車体下面の白が当時の色かはわからない。

・耐久用のテストカー→×
 耐久レースをターゲットにした開発はGr.Aカタログ車の赤いマシンが1号車で、初期のテストから耐久レースを主眼に置いた開発がなされたという記述は本に無かった。ただしエンジンマウントに関しては赤い車にフィードバックされた可能性もあるので、パーツのテスト程度はしていたのかもしれない。

・追浜1号車と同じフック位置のバンパーはもしかしたら、追浜1号車の部品そのものなのかもしれない→?
 後述するが1号車ではなく2号車である。またフックだがショーカーとしての製作時期を考えると、テストカーの製作と同時期にパーツをもう1台分作り、それを用いてテストカー専用のバンパーと角目の組み合わせから、一般的な市販型の顔に整形したと考えるのが自然か。


以上を踏まえて、下記が自分の最新の考察である。

■実物大モックアップ



BNR32型GT-RのGr.A仕様の開発は市販車の開発と同時並行で進められていたことは既に述べたが、この開発において実際に車両が製作されたの最も初期の車は、R32型スカイラインが発売された89年5月から6月にかけてのものである。この車の特徴は車体の塗装が白一色で、GTS以下のグレードが装備する標準タイプのヘッドランプ(通称角目)を装着している。




角目の装着とサイドシルプロテクター未装備はBNR32開発において、初期の実物大モックアップで検証されていた仕様と同一である。またバンパーも8月から販売されたGT-Rの物と異なり、両側のインテークには2段のフィンが切られる独特な形状をしている。リップスポイラーにもダクトはあるが、市販型では中央にあるフィンが無いようだ。市販型のモックアップ段階ではダクトが無いこと、NISMO仕様の開発に伴ってダクト開口を決定したような記述が本にあることから、この段階でのテストがNISMO仕様のエアロにある程度寄与したのかもしれない。まだレース用のベースグレードの検討をしていた段階でもあり、場合によってはこの外観の車がGT-R NISMOとして発売されていたのかもしれない。





GT-R レース仕様車の開発の記述では、「グループA用ボディは開発初期に2台製作した。1号車はモックアップとし、部品のレイアウト検討に用いた。2号車は実験車とし、ロールケージを組み込んで剛性の測定を行った(以下略」とある。この初期車が画像の車であろう。1号車は試験中の工場試作車から1台を抜き取り、Gr.A用の部品の配置などを検討する実物大モックアップとしたと思われる。マシンを短期間で製作するためレース現場のメカニックらも製作に携わったという。ロールケージはGr.A仕様の決定がなされる前なので、パイプが1本多いX字型にクロスしたタイプを装着したようだ。このタイプは整備性があまりよろしくなさそうである。モックアップとは言うが現存する実車は自走可能であり、エンジンやパーツのテストにも使用されたと思われる。




この車はその後はテストに使用されなかった。モックアップということで車体の強度はおそらく2号車より低かったはずであるし、何よりX字型にクロスしたロールケージでは実戦車と同一の仕様でテストするのに望ましくない。だがレース仕様に近い仕様であったためか、89年の東京モーターショーで展示する目的でカルソニック・スカイラインのショーカーに改装されてしまった模様である。外観的にはヘッドライトをプロジェクタータイプに交換し、バンパーを043号車と同じフックが備わるニスモ仕様の物に交換した。フェンダーも交換したらしく、消火器とキルスイッチは実戦車と同じくフェンダーから直に生えるようになっている。また車内も白からカルソニックの青に塗り直されている。ニスモの広告にもこの車は使用された。




その後ゼクセルスカイラインのレプリカを経た後、この車は93年頃に再びカルソニックカラーに変更されて現在に至っている。GTバッジやGTRのエンブレムが無いのは93年仕様に準じたためと思われる。




この車は既に完成していた工場試作車を改造したためか、後の市販型と異なるディティールがいくつか内装で見受けられる。一つはエアコンの吹き出し口の形状である。GT-Rマガジンやこの車の車内を撮影した他のブログの方が画像が鮮明なので詳細なディティールはそちらを参照されたい。市販型は風量を調節するダイヤルが吹き出し口横に備わるが、オートエアコン装備でこのような機構は不要と設計者が考えたのか、試作車はダイヤルが無いため風量の調節やエアの吹き出しをカットできない。また吹き出し口全体が動いて上下風向を調整するようになっており、一般的なフィンのみが可動する市販型の吹き出し口とは機構が全く異なる物である。




もう一つはウィンカーレバーである。試作車は先端が丸まって太くなる形状をしており、市販型とは異なっている。BNR32は販売開始までにおそらく100台程度の試作車が作られて試験を行っているが、そのほとんどが廃棄されているためこの車は試作車の現存例としてかなり貴重なものであると言える。


■“023号車”




89年の6/1にシェイクダウンすることを目標に製作されたのが、実験車とされる2号車と思われる。1号モックアップとの違いはGr.A仕様と同形状のロールケージ、フェンダーのGTバッジの省略、ホイールのスポークが白いことである。車内を見ると、助手席側ロールケージ部に補強らしい板が装備されている。リップスポイラーも1号車は側面にアルミか何かの板で補強して取りつけていたが、この車には無い。基本的な外観はモックアップと変わらず、角目+専用バンパー、サイドシルプロテクター無しの質素なスタイルをしている。バンパー中央エアインテーク上部左右にはモックアップと同じくニスモダクトがあるが、テープで塞いでいるようだ。テスト中のスタッフからの呼称は“023号車”であった。023となっている理由は明かされていないが、ニュルに持ち込まれた工場試作車が044号車と呼ばれていたことから、おそらく23番目に作られた試作車なのだろう。




その後023号車はGr.Aのレース仕様決定に伴い、フロント周りを中心に手を加えて引き続きテストに使用されることとなった。ヘッドライトは市販されたGT-Rと同じく、プロジェクターランプ仕様に交換されている。市販車イメージを重視して、市販型に無い角目の装備を止めたと考えられる。とはいえ後にN1仕様で角目に回帰してしまうのは面白い点であるが。バンパーはGT-R NISMOと同じ市販タイプになったが、牽引フックの位置はそのままになっている。これは後のレース仕様に比べて若干高い位置である。やはり市販車イメージを重視したためか、ボンネットのSバッジと共にフェンダーにはGTバッジが追加されているが、フェンダーはモックアップと交換した可能性もありそうだ。エンジンルームの画像が日産のWEBサイトで見られるが、後述の043とはバルクヘッド付近の補強パイプのレイアウトなどが異なっていることが分かる。カラーリングはリーボックスカイライン風のストライプを配したが、サイドシルプロテクターが無い点や、リップスポイラー下のブレーキ用ダクトなど異なる点も多い。車体番号の打刻は日産の画像から見たところ存在しなさそうである。




エンジンは日産工機がチューニングしたものを搭載していた。燃料タンクはR31 Gr.Aの仕様を引き継いでおり、トランク床面の車体下部に装着された。しかしこれは燃料タンクが横に広がり、また路面に近いことからレース中の損傷による事故を懸念して新たな仕様を開発することとなった。




給油口がフェンダーにあるテストカーを捉えた貴重な写真である。見ての通り床下にタンクを配置するため、トランク内部は消火器などが置かれているようだ。燃料ポンプはスペアタイヤの凹みに配置され、ある意味合理的な配置になっている。左側キャッチの内側にはエアジャッキのチャックが飛び出しているが、SKYLINEのSの字にかかっており美観はよろしくない。またよく見てみると、リアパーセルシェルフには市販型のトリムがそのまま残され、スピーカーのカバーも存在している。ただし形状はBNR32市販型のアクティブスピーカーシステムの物ではなく、下位グレードの標準的なタイプらしい。023号車も既に完成していた試作車から一度内装などを取り払い、レース用部品を組み付けて製作されたものと思われる。ただし内装部品の形状は市販型と同じなので、工場試作車でも市販型に近い段階の車をベースにしたのだろう。


re_テストカー023号車

その後043号車の完成に伴い、023号車はさらに外観に手が加えられた。サイドシルプロテクターが装着され、GT-R NISMO仕様のエアロとなった。ただしパーツは未塗装である。リップスポイラーもダクトを使用しないことが決まったためか、未塗装の標準品に交換されている。ホイールもカルソニックなどが使用することになるBBS製のメッシュホイールに交換された。日産のWEBサイトの画像を見ると、相変わらずリアのスピーカーとトリムは残されているが、燃料タンクはトランク内に移設された模様である。


■“043号車”

re_テストカー043号車

5/22の市販車の発表に合わせてお披露目する目的で急ぎ製作されたのが、この2台目のテストカー、通称“043号車”である。一般的にはGr.Aテストカーとして最も知名度が高い個体であろう。この車は023号車と平行して製作されていたらしく、5/22のローンチでは新型燃料タンクの製作が間に合わなかったため、市販型の燃料タンクを装着していた。またエアジャッキのチャックは市販車でのフューエルリッド内に設置されている。外観的にはレース用ではなく市販型のサイドミラーを装着している点が特徴である。エアロパーツはGT-R NISMOに準拠しており、サイドシル後部のエアロパーツも備え、レース仕様にかなり近付いた。ただし牽引フック位置は独特の左側インテーク付近から生える形態で、後のレース仕様とは明らかに異なっている。急遽製作されたため、ミラーなどが市販型のものを装備しているようだ。テスト中もこれは変わらなかった。

この後に追加で3号車が製作されたが、この車はエアジャッキのチャックがグリル内にあり、また牽引フックもリップスポイラー中央から出ているなど、ほぼGr.Aでの実戦型と同一の仕様となっていた。

以上が追浜工場製の初期テストカー3台である。そしてこれら3台の初期テストカーには共通の意匠がある。

・リアフェンダーの給油口




 当初燃料タンクは床下装備を想定したためか、給油口はフェンダー左右に開口された。仕様が決定されたGr.A用燃料タンクはトランクルーム内に設置されるもので、不都合があることからレース仕様ではトランクリッド上部に給油口は移設されたものと思われる。現存車はこれを埋めた痕跡があるが、おそらく燃料タンク自体はGr.A仕様と同じ物を装備していると思われる(この車は自走可能である)。

・エアジャッキのチャック

re_テストカー023号車_2

 レース仕様ではフロントグリル付近に装備されるエアジャッキのチャックだが、テストカーではリア側に配置されている。ただし023号車と043号車では位置が異なっている……。モックアップは不明だが、023号車の位置からするとモックアップも同じ位置だったのではないかと思われる。現存車はチャックが確認できない。フューエルリッド内にあるのか、それともショーカーにエアジャッキは不要とリアバンパーを交換してチャックを撤去してしまったのか。

・車外の消火器及びキルスイッチ



 右フロントフェンダーには消火器ボタンとキルスイッチの二つが装備されるが、初期テストカーではフェンダーを円形に切り抜いた上で、一段引っ込んだ位置に両者を配した。レース仕様は手間を嫌ったのかフェンダーから直に生えている。

・ブレーキバランス調整ダイヤル



 前後のブレーキバランスを調整する機構がGr.A仕様には備わっており、調整には赤いダイヤルを用いる。これはレース仕様ではステアリング右側にあるが、テストカーでは左側のデジタル時計を塞いだ右隣に設置されている。

・エアコン操作パネル



 モックアップと043号車の2台は確認できているが、エアコンの操作パネルが残存している。エアコンユニット自体は不要なので装備していないはずだが、コンソールに装備する物が無かったのか操作パネルが残されているのが特徴である。ただし043号車はパネルが3連メーターのあった最上部に移設されている。

・左ドアのパワーウィンドウ



 左ドアにはウィンドウレギュレータが無く、またパワーウィンドウ操作ボタンがあることからパワーウィンドウがそのまま残されているようだ。043号車はテスト中に左の窓を開けている写真も確認できる上、車内の画像ではレギュレータが存在しないことからも、この2台はパワーウィンドウが残されていると見て間違いない。

・バケットシート



 3台いずれも青いモケットのケーニッヒ製を装備する。Gr.Aカタログ車の赤い車はレカロ製であった。


これで件のカルソニックスカイラインがどのような正体・経歴なのかを把握できたと思う。現在はモックアップがカルソニックカラーのショーカーとなって現存しているが、023号車および043号車の行方は判明していない。043号車のボンネットがイベントで販売されていたことから、おそらく2台ともテスト後に廃棄処分されたものと思われる。
  1. 2017/10/29(日) 18:12:24|
  2. その他マシン
  3. | コメント:2

謎のスカイラインGT-R Gr.A仕様



BNR32型スカイラインGT-R。90年のデビュー以来、その圧倒的な性能でJTCの頂点に君臨して無敵の進撃を続けたのは本ブログで語るまでもない。だがマシン的には謎な部分もあり、10台ほどある現存車には元の仕様とは異なるレプリカも存在する。今回モーターファンフェスタ2017に展示されていた車は、その中でも特異な1台と言える。
某ショップが持っているGr.A仕様のBNR32型スカイライン。カラーリングは90年にデビューしたカルソニックのものだが、実際にレースで使われた車ではない。よく観察してみると、外観的な特徴としては以下の点が異なっている。

1.フロントバンパー左側から生える牽引フック
2.ボンネットピンの間隔が他のGr.A仕様より広がっている
3.市販型と同形状のドアミラー(プライベーターには市販型を装備した車もあったが)
4.シルバーの5本スポークホイール
5.エアジャッキの接続口が無い(エアジャッキ自体は車体に装備されている)
6.Gr.Aとは微妙に異なる組み方のロールケージ


Gr.A仕様のR32は量産車の開発と平行して進められており、追浜工場でのテストカーの製作とテストを行い、その後ホシノレーシングとハセミモータースポーツのそれぞれが(おそらくニスモと共同で)マシンを製作し90年シーズンに投入。91年からはニスモでコンプリートカーの製作と部品の市販によりカスタマーへの提供が開始されたという流れになっている。ではこの車はどうなのかと照らし合わせてみると、普通のGr.Aではないことが分かるのである。




追浜工場で製作されたテストカーの1号車と2号車。両者はミラー形状と牽引フックの位置に違いがある。また給油口がリアフェンダーに備わっているのも後のGr.A仕様と全く異なる。1号車(銀/紺)のホイールは後のGr.Aとは微妙に異なる。2号車(リーボック風)は90年カルソニックと同じメッシュである。製作時期は実際の市販車と同じ形態を製作する「工場試作車」と言われるものと平行していたらしい。中でもまだ車体番号の打刻が無く、テストで問題点を洗い出して最後は解体する、一次試作車とされるものと同じようだ。日産のHPにある写真を見ると、この2台に車体番号はないことが分かる。試作車のラインからモノコックを抜き取って製作したのだろう。外観的特徴の1・3・4を見ると、追浜工場で製作されたGr.Aテストカーと見事に特徴が一致する。ではこの車は追浜工場製なのか?
個人的には違うと思っている。確かにフックとホイールは1号車と瓜二つだが、2が異なっている。




6.は重要な特徴である。Gr.Aのホモロゲーションを取得したロールケージは2種類あり、実際に使用されたのは1種類のみであった。だがこの車のロールケージは実戦で使われたものと微妙に異なっている。車体右側Bピラー付近から2本のパイプが床に向かって延びるのがGr.A仕様だが、この車はそれに加えて左側のBピラーからも1本が延びて手前の1本と交差して溶接されて右の床に向かっている。通常のタイプより強度がありそうだ。





90年の雑誌を漁っていた所、呆気なくこの車の正体が判明した。ニスモの広告である。6本スポークのホイールを履く市販型もいわくがありそうなのだがここでは割愛。カルソニックカラーのGr.Aだが、よく見ればフックとボンネットピン位置やロールバーが同一である。




同じく90年の雑誌記事。90年デビューとあることから、シーズン開幕前には既にカルソニックカラーに塗られていたようだ。リアフェンダーに注目してもらいたいのだが、給油口が追浜テストカーと同様に存在している。キルスイッチ周りは円形に凹んでいた追浜テストカーとは異なる。




現車をよく確認すると、リアフェンダーには給油口を埋めた痕跡がある。

またこちらのブログにて掲載されているゼクセルスカイラインが、このショーカーである事も判明した。

http://minkara.carview.co.jp/userid/698817/blog/34937745/

ロールバーがクロスする形態のGr.Aはこのテストカーだけのはずである。ボンネットピンの位置も一致する。この車は90年はカルソニックカラーだった後、92年はスパ24H参戦車のショーカーにされてしまったらしい。91年にスパで優勝した個体は92年も参戦したのだが、レース中の火災によって喪失してしまった。車が無い事からショーカーを塗り替えて仕立て、同時にドアミラーの交換や給油口の埋め込みも行ったと思われる。ずいぶんと手の込んだ改造である。その後いつからかは不明だが、再びカルソニックカラーに戻されたようだ。ただし復元は完全ではなく、ミラーは市販型のままになっている。




ではこの車の製作時期はいつなのだろうか? 車体的な特徴と90年当時の仕様から考えると、追浜でテストカーが製作されていた時期と近いのではないだろうか。追浜製テストカーは3台存在するが3号車はニスモ製コンプリートカーと全く同一の形態であり、1号車2号車とは異なっている。リアフェンダーに給油口がある点と、フロントの牽引フックの位置、ミラー形状からすると1号車と2号車の中間のような形態をしていることから、2台の間なのではないだろうかと自分は推測した。
ここで種の一つを明かしてしまうのだが、このカルソニックカラーの車の車体番号はBNR32-00003X(末尾一桁不明)というひじょうに若い番号を持っている。BNR32の車体番号は000051が市販1号車ということになっており、それ以前の50台は生産ラインを動かして実際に市販車と同じ車を作る工場試作車の最後の部分、二次試作車とされる分類になる。つまりこの車は車体番号はあるのだが、一般には販売されない車なのである。とはいえ一応の出自は市販型ということがわかる。
他にこれまでの考察以外に気になる点を画像で見ていく。




リアウィンドウにワイパーが無い。Gr.Aではこれが標準であるが、市販型でこの仕様はGT-RニスモとGT-R N1のみのはずである。ニスモが販売される前の工場試作車がニスモと同一の仕様を持っている点は興味深い。リアパーセルシェルフにはモケットが貼られる、丁寧な処理がなされている。これは初期の追浜テストカー以外では見られない。レースで使われたGr.A仕様では鉄板むき出しだった。




インパネ周りは個体差があるGr.A仕様なので具体的な違いはわからないが、センターコンソールに市販型のエアコン操作パネルが残っている点が特徴。もしGT-Rニスモがベースならエアコンはオプション装備になるので装備されないはず。三連メーターは置き換えられておりVDS製の油温計が左に装備、右側は不鮮明で判別不能だった。ワイパーのダイヤル右横には標準車ではリアワイパースイッチが備わるが、ニスモと同じくこの車はスイッチが無い。ただしGr.Aではオミットされるウォッシャーボタンはそのまま残されている。ステアリングはR31スカイラインのGr.Aが装備していたニスモ製と同じようだ。





メーターは大径のタコメーターが備わり市販型とは異なる。左にはニスモの油圧計、右にはブースト計が取り付けられている。一番右側は水温計と思われる。デジタル時計は蓋がされて右側に何らかの赤いスイッチが追加されている。





シフトブーツも市販型のものが残されているが、シフトノブはインパル製に交換されている。ECUはGr.A仕様はREINIK(日産工機)のステッカーが貼られるようだが、この車には無い。また「Gr.Aテストカー」と表示が貼られている。オーナーいわく「試作のエンジンが載っている」。何の試作なのかまでは聞けなかったが、日産工機が製作したものではないらしい。ドアトリムにはGr.A仕様は手回しのレギュレータが後付けで装備されるが、この車には無い。つまりパワーウィンドウのままということだ。




キルスイッチらしきものがエアコン吹き出し口に装備されているが、市販車のキーシリンダーも残されている。ラジオのチューニングボタンも残されているなど、ダッシュボード自体は市販型にかなり近い。




5本スポークのホイールは追浜1号車が主に履いていた物と同形状である。テストカーが所在不明な現状では、唯一ディティールを知ることができる貴重な品だ。後のGr.A仕様の標準的なホイールとはリベットやスポーク形状などが異なる。




トランク下にはオイルクーラーが4連装で備わる。他のGr.Aも似たような形態らしいが、標準仕様が不明確なのでどこが具体的にどう違うかまではわからなかった。またこの色を見ての通り、元の色は白である。モノコックから製作した本物のカルソニック・スカイラインは床も全て青で塗られる。




耐久用のテストカーという話も聞いたが、具体的にどんな内容のテストカーなのかはわからなかった。だがこの車が普通ではない生い立ちをしていることは間違いない。


と、結論に至ったと思ったら偶然にも最終的な回答を発見してしまった。レーシングオンアーカイブスVol.6「レーシング・スカイライン」のP66及びP132に載っていたGr.Aテストカーがそれである。




89年の撮影かつ白一色で一見すると追浜製3号車か、あるいはデリバリー前のニスモ製コンプリートカーのような雰囲気にも思えるが、よく見るとヘッドライトはプロジェクターランプでない、いわゆる角目と呼ばれる下位グレードが装備するタイプである。BNR32でこれを装備していたのは競技ベース車のGT-R N1のみだが、89年にこの仕様は存在していない。他にもバンパー左右のインテークは加工されてスリットが増えている点も独特だ。リアフェンダーには給油口があり、フロントフェンダーのキルスイッチ周りのディティールも追浜製2号車までと共通の仕様になっている。ホイールも追浜1号車と同様の、初期の5本スポークタイプ。車内に目を向ければ、ロールバーは手前のパイプがX字にクロスして溶接される独自の仕様である。これは現存する本記事の車と特徴が一致する。

この車の正体は何なのだろうか。レーシングオンの記事を見るに、89年から耐久レースをターゲットに製作されてテストが行われていたというように取れる。実際スパ用のテストカーも製作されているが、その車はGr.A仕様のカタログにも使われた赤い車であった。ただしよく見てみると、赤いテストカーもヘッドライトは角目が装備されている。91年シーズン用にニスモが製作したGr.A仕様のタイサンGT-RもHKS GT-Rも、ヘッドライトはプロジェクタータイプであった。夜間走行に備えて暗いプロジェクターから少しでも明るい角目に変更したようにも思える(結局スパ24Hを走ったGr.Aはプロジェクタータイプであったが)。他にも気になる点はある。追浜製テストカーに似た車体のこの車だが、追浜テストカーでは貼られていなかったニスモのステッカーがリアスポイラーに貼られている。またGT-Rニスモのエアロパーツは、バンパーのインテークのみである。
ここからは推測になるが、この車は元々、GT-Rニスモの仕様を検証するために製作された工場試作車なのではないだろうか。標準車でありながらリアワイパーがないのはおかしい上、ニスモでは省略されたエアコンが装備されたままになっている。この試作車を様々なGr.Aのパーツを評価するためにニスモで改修し、さらにそれを耐久レースのテストカーに転用したのではないだろうか。当初は追浜で製作されたGr.A仕様だが、マシンの製作や部品を販売するニスモ側でもマシン製作のノウハウは必要になるはずだし、実際に90年のカルソニックとリーボックのマシンは各チームとニスモが共同で製作したようだ。実戦用マシンの習作として、追浜1号車の仕様を参考にニスモで1台Gr.Aを製作してパーツのテストを行ったと自分は推測する。ロールバーはGr.Aの公認部品と形状が似ているがパイプが1本多く、実戦では使われていない。
GT-Rニスモのエアロパーツが装備されていない点も不可思議だ。バンパー左右のエアダクトも、GT-Rニスモ用に検討されていたものなのかもしれない。Gr.Aの仕様決定でこの車も不要になり(ホモロゲ部品でないロールケージではレースに出場することはできないはず)、バンパーやライトを市販タイプに交換して、ニスモ用のエアロパーツを装着してカルソニックスカイラインのショーカーに仕立てたのではないだろうか。ニスモの広告に出ていたのも、そもそもこの車がホシノレーシングのカルソニック・スカイラインではなく、ニスモが所有していたからだと思われる。




追浜1号車と同じフック位置のバンパーはもしかしたら、追浜1号車の部品そのものなのかもしれない。追浜製テストカーの所在は現在不明である(1号車ボンネットのみイベントで販売された)……。
  1. 2017/09/21(木) 00:26:44|
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