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アルピーヌA500


フランス政府の支援もあり、エルフは70年代前半から積極的にモータースポーツに展開するようになった。F2選手権とスポーツカー選手権ではルノー傘下のアルピーヌがマシンを製作して参戦するようになり、特にスポーツカーではゴルディーニの開発した2リッターV6エンジンを武器に、活躍を見せるようになっていた。74年にはターボチャージャー装備のエンジンをテストするようになり、アルピーヌを傘下に収めたルノーはこちらを重点的に開発を進めるようになった。やがてその中で、ルノーのエンジニアの一部にはF1用エンジンを開発したいと考える者たちが現れるようになったのである。F1で存在を示すことができれば、ルノーのイメージアップにも繋がると彼らは考えていた。そうしたエンジニアの中でもジャン・テラモルジ、ベルナール・デュドそしてフランソワ・キャスタンが中心的存在であったが、彼らを取りまとめたのがエルフのフランソワ・ギターだった。
この時のF1のレギュレーションでは排気量3リッターの自然吸気か、1.5リッターのスーパーチャージドエンジンの使用が許可されていたが、テラモルジらは3リッターの新型エンジンを新規に開発する時間とコストは無いと考えていた。68年にはゴルディーニの新型V8が失敗に終わり、F1参戦計画も撤回される事態を引き起こしている。
そこで彼らは1.5リッタースーパーチャージドという条項に目をつけ、過給機付きエンジンを開発するアイデアをひねり出したのである。スポーツカー用2リッターターボのルノーCHSを若干の手直しで1.5リッターに縮小すれば、F1用ターボエンジンの基礎とすることができる。またスポーツカーで投入するターボエンジンの技術も転用できた。75年の初めにはF1エンジンプロジェクトが極秘裏に始動し、7月には32Tと呼ばれる試作機が完成した。ボア×ストロークは80mm×49.4mmで、1,492ccの排気量である。ただしまだターボチャージャー周りは完成しておらず、あくまで1.5リッターV6の実機が出来たというだけであった。8月にはボアを86mmに拡大しストロークを42.8mmに縮めた新型の33Tが完成した。33Tは当初からターボチャージャーを装備しており、ベンチテストではほぼ無過給の状態から360HPを発揮した。9月のテストでは32Tに2.5バールの過給圧を掛けた仕様で478HPを達成し、10月のテストでは502HPを記録するなど当初からV6ターボエンジンは目論見通りのパワーを発揮していた。33Tも同様に2.5バールの過給圧から491HPを出しており、開発は順調だった。ベンチテスト後の10月にはアルピーヌA442に両者を搭載してのテストが行われたが、ここでターボエンジン特有のスロットルの反応の悪さとサーキット走行の難しさが指摘された。
この頃F1チームのティレルのオーナーであったケン・ティレルがエルフを訪れ、A442のテストなどで情報を掴んだ1.5リッターターボエンジンの供給について話を持とうと接触してきた。ギターらは実際にティレルの6輪車について見分したが、結局ターボエンジンがティレルのマシンに載る事は無かった。このような状況下で75年の後半にはV6ターボを搭載するテストカーの製作が決まり、エルフ2Jを手がけたアンドレ・デ・コルタンツと、マルセル・ユベールがデザインを開始した。だがこの計画もまた極秘のものであり、アルピーヌでは新型F2マシンを開発中であるかのようなそぶりを見せた。
ターボエンジンの開発が続く中の76年にはルノー・スポールが発足し、その監督であったジェラール・ラルースがF1エンジン計画も統括することが決まったが、同じ頃F1エンジンのテストカーであるアルピーヌA500がついに完成した。



車体はアルピーヌが76年のF2選手権で投入した改良型のエルフ2Jを基本としているが、鋼管スペースフレームだった2Jに対して、スペースフレームにアルミシートを貼り付けたセミモノコック構造と若干の進化を果たした。ウェッジタイプのスポーツカーノーズに加えて車体はフルカウルで覆われ、エルフ2Jとはかなり雰囲気が異なったものとなっている。



エンジンは前述の経緯の通り、ルノーがスポーツカーレースで投入した2リッターV6ターボエンジンのルノーCHSをF1向けにスケールダウンした、1.5リッターV6ターボのルノー・ゴルディーニ32Tを搭載した。ギャレット製のターボチャージャー1基を装着しており、およそ500HPを発揮する。ギアボックスはヒューランドFG400を組み合わせた。



ただしフルカウルは問題があったようで、風洞実験を行ったのみで取り外されてしまった。一般的なウィングノーズも用意されたが、実走テストに使われたのはノーズコーン先端に1枚板のウィングを取り付けるフェラーリのようなタイプであった。シェイクダウンはディジョンで行われている。テストドライブにはエルフ2Jの開発を務め、またドライバーとしてもルノーと関係の深かったジャン-ピエール・ジャブイユが起用された。



ディジョンの後はハラマでテストが行われた。初回のテストのみはグッドイヤー製のタイヤを装備していたが、その後ミシュランのラジアルタイヤにスイッチしてテストを行った。






途中からロールバー後方に左右に振り分けたダクトを装備するようになった。エンジン吸気用ではないようだ。またノーズコーン左右にウィングを装備するタイプもテストされた。



テストでは複数の仕様のエンジンが試されている。32Tをベースにした新型の41T及び、33Tをベースにした53Tの2種類も開発されて32T、33Tと平行してテストされた。これらも軒並み500HPの出力を発揮していた。それ以外にも比較検討用として、アルピーヌA442のルノーCHSを搭載したこともあった。ジャブイユのテストドライブの結果、いたずらにパワーを求めるよりも、ある程度のパワーに抑えつつレスポンスの向上を図った方が良いという結論に開発陣は至った。






77年は新たにマシンの色が黄色に塗られた。ノガロなどでもテストを行ったA500だったが、ルノーではF1参戦に向けて、実戦用マシンの製作が進められていた。F1用エンジンに関しても、
最後までテストが続けられていたスモールボア・ロングストロークの33Tをベースに開発を進めることが決まった。



こうして1年以上の準備を費やし、ルノーのF1挑戦がいよいよ幕を開けることとなる。



A500は1台が製作された。
A500-01は76年に製作された。現在も保存されており、イベントに展示されることもある。
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  1. 2014/11/23(日) 18:07:50|
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