FC2ブログ

誰得

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

LEC CRP1(ピルビームR21)


70年代初頭からシングルシーターのレースに参戦を始めたデビッド・パーレイ。彼の父親のチャールズ・パーレイはロングフォード・エンジニアリング・カンパニー(LEC)という冷凍機を製造する会社を営んでおり、自身の息子のレース活動に対しては理解を示し、また支援を行ってくれた。パーレイはそのキャリアの初めから、比較的大きな支援を得て走ることができたのである。
パーレイはF3を足がかりにFアトランティック、F2と順にステップアップし、73年には資金が不足気味だったマーチ・エンジニアリングに資金を持ち込み、スポット参戦のシートを得るに至った。だがF1での成績にめぼしい物は無く、74年にはトークンから1戦にスポット参戦したのみであった。これと平行して74年はF2に参戦するなど、パーレイはF1以外の場所での活動に軸足を移している。75年には友人のマイク・アールと共にレック・リフリジレーション・レーシングを興し、シェブロンB30を用いてヨーロッパF5000選手権への参戦を開始した。ここでは1勝を挙げた他にいくつかの表彰台も獲得し、好成績を収めている。その後も引き続きパーレイは自身のチームでF5000のレースを行った。76年はF5000規定が消滅し、F1、F2、F5000の各マシンが混走となる大らかな規定のシェルスポーツG8チャンピオンシップにシリーズが変化していたが、パーレイはここでダミアン・マギーを下してシリーズチャンピオンを獲得する。F5000マシンでのレースを制したパーレイが次に目を向けたのは、74年以来遠ざかっていたF1世界選手権だったのである。
76年中にパーレイは自身でコンストラクターを立ち上げることを決め、チームと繋がりのあったマイク・ピルビームにマシンの設計を委託することとした。パーレイは76年にシェブロンB30をピルビームが改修したピルビームR20というマシンを使用しており、チャンピオンを獲得したパーレイがピルビームにマシン設計を依頼するのも当然の帰結であっただろう。こうして77年の参戦に向けて、パーレイは準備を進めていったのである。



アウェイとなる開幕からの4戦は欠場し、非選手権戦のレース・オブ・チャンピオンズでLECのニューマシン、LEC CRP1がデビューした。CRP1のデザインはフリーランスのデザイナーであったピルビームが手がけた。



車体は同年のマーチやブラバムに似た雰囲気の、幅広いモノコックを有している。見た目には角も多くエッジが立っており、個性的な外観となっている。



ノーズはスポーツカーノーズであり、ピルビームが同時期に手がけたF2マシンのR24やR26とほぼ同じ形状を有している。ラジエターはリアタイヤ前に垂直に配置され、やはりマーチに類似した形態である。ピルビーム側での開発コードはR21。
エンジンはフォード・コスワースDFV Mk2を搭載した。ギアボックスはヒューランドFGA400で、いわゆるキットカーである。パーレイは長年レース活動に理解を示し、そして支援を行ってくれた父親への敬意と感謝を込めて、LEC初のマシンに父親のイニシャルであるC・R・Pを入れた。
スポンサーは前述の通り、パーレイの実父が経営するLECがついた。エントラント名はF5000時代に引き続きレック・リフリジレーション・レーシングである。



レース・オブ・チャンピオンズでは予選13位から6位でフィニッシュ。



この時点でウィングノーズを持ち込んでテストしていたようである。造形は垂れ下がったノーズコーンの先端に1枚のウィングをマウントするもので、75年にピルビームが手がけたと思われるBRM P201のノーズに酷似している。ラジエター周りはフェアリングなどもなく、ラジエターのステーや配管が剥き出しとなっている。



シーズン初の選手権戦となる第5戦スペインGP。ノーズはスポーツカーノーズに戻されたが、V字に赤と白の塗り分けを追加した。またラジエター前にはフェアリングを装備し、エアインテーク風の処理を施してラジエター内側にも空気を流そうとしているようだ。ここでは30位で予選落ちに終わる。



第6戦モナコGPは欠場し、次にエントリーしたのは第7戦ベルギーGPだった。CRP1はオイルクーラーがリアタイヤ前に移設され、ラジエター周りと併せてフェアリングの形状を改めている。パーレイは予選20位で決勝に駒を進め、3週遅れの13位で完走を果たした。



第8戦スウェーデンGP。予選は19番手と良くもないが悪くもない位置だった。レースも2週遅れで単独走行の後、無事に14位で完走。コクピットカウルにはニキ・ラウダのパーレイに対する揶揄がきっかけでウサギのロゴマークが追加された。



第9戦フランスGPも予選を後方の21位で通過。だがレースでは5週したところでアクシデントによりリタイヤ。



地元である第10戦イギリスGP。コクピットカウル前方のグッドイヤーロゴはなぜか描かれていない。コクピットサイドのウサギのステッカーも無い。またリアウィング翌端板のLECのロゴもこのレースでは存在しない。
ところが地元でいい成績を残したかったであろうパーレイに災難が降りかかる。プラクティスでアタック中にスロットルが戻らなくなり、パーレイのCRP1は高速でコーナーを飛び出して173km/hの高速でウォールに衝突してしまったのである。このクラッシュで瀕死の重症を負いながらも奇跡的に生還したパーレイは、そのまま77年シーズンを終えることになった。




77年のパーレイの挑戦は不本意な形で終わりを告げてしまった。命に関わる重傷を負った彼は簡単に復帰できるような状況にはなく、LECチームの活動はイギリスGPを最後に停止してしまう。予選最高位は第8戦スウェーデンGPの19位、決勝最高位は第7戦ベルギーGPの13位であった。




77年は地元であるイギリスGPで喫した大事故によって、生死の境目を彷徨ったデビッド・パーレイ。負傷によりレース活動を行うことなど到底無理な状況であり、78年も彼はポルシェでのレースに2戦ほど出場したのみであった。だが79年はパーレイもF1マシンでレースを再開することを計画していたのである。



79年は既にF1世界選手権戦に参加するほどの資力は無かったらしく、復活したLECはイギリス国内を中心に開催されていたオーロラAFXチャンピオンシップの第12戦フジテープス・トロフィーに参戦した。マシンは77年と同じCRP1を用意した。仕様的には77年と変わっていないが、リアウィングのLECのロゴは削除されている。77年には存在していたエンジンカウルのチャンピオンやモノコック横のダッカムスといったスポンサーのロゴも消滅してしまっている。リアウィング翼端板のステッカーは不明確だが、色からしてオーロラAFX選手権参加車に張られていたAURORA AFX CHAMPIONSHIPのステッカーのようだ。予選は14位を得ていたパーレイだったが、6週目にクラッチが壊れリタイヤ。



続く第13戦ラジオ・ヴィクトリー・トロフィー。パーレイは予選13位から10位でレースを終えた。LECの支援も止められてしまったらしく、マシンにはスポンサーロゴは一切無い。エントラントもマイク・アールがドライバーをエントリーさせようとしていたオニクス・レース・エンジニアリングに組み込まれて、オニクスと合流するような形になってしまったようだ。これがCRP1が走った最後のレースとなった。



第14戦以降のパーレイはマシンを中古のシャドウDN9Bにスイッチした。CRP1は77年の設計で、レースの上位に位置するアロウズやフィッティパルディといったマシンに対抗するには、少々分が悪いと考えていたのだろう。79年は他にもポルシェ924でのヒルクライムで勝利を収めるなどの活動を展開したパーレイだったが、最も大きな転機は曲芸機のピッツ・スペシャルでアクロバット飛行の世界に足を踏み入れたことであった。
F1マシンでのレースに替わる新たなチャレンジを見つけたパーレイは次第にアクロバット飛行にのめりこんで行く。その後の彼がF1マシンに乗ることは、二度と無かったのだった。





スクラップなどではない。これは純然たる展示物である。77年のイギリスGPでダメージを受け大破したR21-01はその後も保管されており、現在は当時のクラッシュ時を思わせる様子の展示スペースに置かれている。普通なら廃棄処分にしてしまうような壊れたタブですらも展示物にする彼の地の姿勢には恐れ入る。R21-01はあのクラッシュから時が止まったまま、今もその衝撃の凄まじさを伝えている。



ドニントンミュージアムに所蔵されているもう1台のCRP1。シャシーナンバーはR21-02である。現役時代の79年はLECのスポンサーロゴはほとんど施されていなかったので、当時の仕様とは異なるが、現在は修復され動態保存されている。


CRP1は2台が製作された。
R21-01は77年のレース・オブ・チャンピオンズでパーレイ車として投入されたが、第10戦イギリスGPでのクラッシュで大破した。
R21-02は79年のオーロラAFX第12戦フジテープス・トロフィーで投入され、第13戦ラジオ・ヴィクトリー・トロフィーまでパーレイ車だった。以後は最終戦までスペアカーとしてレースに持ち込まれている。
スポンサーサイト
  1. 2014/10/20(月) 23:39:25|
  2. F1マシン
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<アルピーヌA350 | ホーム | ヘプワースGB1>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://bouck.blog.fc2.com/tb.php/16-bf2f1649
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

Bou_CK

Author:Bou_CK
歴史に残らないレーシングカー(主にF1)のマニア

最新記事

カテゴリ

ここは何 (1)
F1マシン (354)
F1マシン目次 (1)
F1:資料的な何か (30)
F1:メモ書き (4)
タスマン・シリーズ (9)
F5000マシン (3)
F2マシン (2)
F3000マシン (1)
その他マシン (15)
アルファロメオ179 (1)
F1 (2)
イベント (13)
未分類 (7)
(131)

最新コメント

月別アーカイブ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。