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ルノーRE50


83年は前年と同じく4勝を挙げて、アラン・プロストがチャンピオン獲得まであと一歩に迫ったルノー・スポール。しかし最終的にドライバーズチャンピオンの獲得はならず、コンストラクターズランキングも2位に終わった。その責任を負わされたプロストはチームからの離脱を決めて去り、チームの体制は若干変化しようとしていた。また前年からチーム・ロータスに対してターボエンジンのカスタマー供給を行い始めたが、84年からは新たにフランスのエキップ・リジェに対してもターボエンジンの供給を行うこととした。これはロータスと同じく型落ちのEF1をルノー傘下のメカクローム社が整備と供給の担当をするものである。リジェを率いるギ・リジェはフランス政府に太いパイプがあり、ルノーにターボエンジンの供給を行うよう圧力をかけたとされている。



84年シーズンに向けて開発されたのが、このRE50である。RE50のデザインは前年と同じく、ベルナール・デュド指揮の下でミシェル・テツがデザインを担当し、ジャン-クロード・ミジョーが空力面を担当した。RE50最大の特徴はメス型成型のカーボンファイバー製モノコックを備えたことである。前年にATSチームがD6で採用したものだが、重量や空力的なメリットがあることから、フェラーリやアルファロメオに続いてルノーでも採用を決めた。材質はカーボンとケブラーの複合材を使用しており、RE40から変更されている。
サイドポンツーンは全長が若干短くなり、リアタイヤ前にはマクラーレンやアルファロメオが採用したコークボトル処理を採り入れ、気流を後方へ流すようにしている。ラジエターの排熱はRE40のものから大きく拡大され、ウィングカー時代のようにサイドポンツーン上面から行うようになった。ホイールベースはRE40より50mm短くなっているが、トレッドはフロントが40mm、リアが30mm拡大されている。



エンジンはエンジンブロックをアルミ製とした新型のV6ターボであるルノーEF4を搭載した。ターボチャージャーはそれまで装備していたKKK製から、同じタービンを装備する他のメーカーへのデータの流出を懸念して、参戦初期に装備していたギャレット・エアリサーチ製にスイッチした。EF4は3.5バールの過給圧から750HPを発揮する。その他の大きな変更点はインタークーラーであり、従来の水冷式から軽量な空冷式に変更されていた。
ドライバーはプロストだけでなくセカンドドライバーのエディー・チーバーも離脱し、ルノーの2つのシートは空席となった。そこに移籍してきたのは前年フェラーリで走ったフランス人のパトリック・タンベイと、トールマンで光る走りを見せていたデレック・ワーウィックであった。スポンサーは引き続きエルフがつく。エントラント名はエキップ・ルノー・エルフ。



ジャカレパグアでのテスト。ノーズ周りのカラーリングは塗り分けが実戦型と異なる。リアウィングの翼端板とウィングレットも黄色に塗られており、後の仕様とは異なっている。





開幕戦ブラジルGP。RE50はリアウィングの塗装が無くなり、黒一色になった。また識別用にタンベイの15号車は赤、ワーウィックの16号車は青でウィングレットが塗られる。予選はワーウィックがセカンドローの3番手、タンベイは8位と今一つ。レースはワーウィックに期待がかかったが、終盤の51周目にサスペンションが壊れリタイヤ。タンベイが燃料切れを起こして6位完走扱いとなったが、ティレルが違反で成績抹消されたため5位に繰り上がり2点を得る。



第2戦南アフリカGPもタンベイが予選でフロントローの4位を獲得。ワーウィックは9位だった。レースは終盤の66周目にタンベイがリタイヤ。燃料系が壊れたことが原因でガス欠に陥ったものだった。ワーウィックはマクラーレンに移籍したアラン・プロストにかわされたが、順位を上げて3位表彰台を得る。



第3戦ベルギーGP。画像のRE50はノーズの塗り分けが初期のもので、リアウィングの識別塗装やルノーエルフのロゴも無い。カーナンバーはノーズが16だがリアウィングは15である。スペアカーだった02と思われるが詳細は不明だ。



予選は前回表彰台のワーウィックが好調で4番手に位置したが、タンベイは12位に沈んでいた。レースはフェラーリのルネ・アルヌーとウィリアムズのケケ・ロズベルグをかわしたワーウィックが2位表彰台を奪い取る。どうやら彼の起用は成功だったようだ。タンベイも順位を上げたが、7位でレースを終え惜しくもポイント獲得はならなかった。



第4戦サンマリノGP。予選は好調なワーウィックがセカンドローの4位に陣取る一方で、タンベイは14番手と冴えなかった。レースもオープニングラップでリジェのフランソワ・エスノーと絡んだタンベイがリタイヤ。ワーウィックはロータスのエリオ・デ・アンジェリスにかわされ4位のままレースを終える。



地元である第5戦フランスGP。ルノーはここまでポールポジションは無く、勝ちも挙げていない。予選は地元のタンベイが意地のポールポジションを獲得。だがフロントローにいたのはワーウィックではなく、同じルノーエンジンを搭載するロータスのデ・アンジェリスだった。そのワーウィックは7番手にいた。レースはさらに後方にいたマクラーレンのニキ・ラウダにかわされ、タンベイは無念の2位表彰台に終わる。81年以来勝利を続けてきたルノーはついに地元で敗れた。このレースからワーウィック車の識別色が変更され、青の上から黄色いラインを加えた。青だけでは視認性が悪かったものと思われる。またリアウィングのカーナンバーも、翼端板からウィングレットに移動した。



第6戦モナコGP。新車のRE50-06がワーウィックに与えられた。予選はワーウィック5位、タンベイ6位と3列目をルノーが占める。だがレースでワーウィックは1周目の1コーナーでクラッシュし、同様にクラッシュしていたタンベイのRE50に突っ込んで新車を一発で廃車にしてしまった。タンベイの05もモノコックをサスペンションアームが突き破るという危険な状況であり、このクラッシュで両ドライバーは負傷してしまった。



第7戦カナダGPは、前戦モナコで負傷してしまったタンベイが欠場し1カー体制となる。ワーウィックは予選4番手を得ていたが、57周目にアンダートレイを破損しリタイヤとなった。



第8戦アメリカGP。予選はワーウィックが6位、タンベイが9位だった。レースは33周目にタンベイが、40周目にワーウィックが両者ともギアボックスのトラブルでリタイヤし、ルノーはノーポイントに終わった。



第9戦ダラスGP。スペアカーにはサイドポンツーンが長い新型のボディワークが装備された。これはインタークーラーの冷却効率を高めようとしたものだったが、代償としてドラッグが増えてしまった。予選ではタンベイが10位に沈む一方でワーウィックが3番手を得て期待が持たれたが、10周目にスピンしてリタイヤ。タンベイも25周目にトールマンのジョニー・チェコットと絡んでリタイヤに終わる。



第10戦イギリスGP。新車のRE50-08が地元レースとなるワーウィックに与えられた。08はモノコックがカーボン/ケブラー複合材からカーボンファイバーのみに変更されていたとされる。スペアカーはRE50-04であるが、コクピット横にはドライバー二人の名が書かれている。優先権はワーウィックにあり、16のカーナンバーをつけていた。ウィングレットの識別色は塗られていない。予選はワーウィック6位、タンベイ10位と相変わらず振るわなかった。レースはクラッシュが原因で2回もリスタートすることになったが、ワーウィックが地元で2位表彰台を得た。タンベイも8位で完走を果たしている。



第11戦ドイツGPではニューシャシーのRE50-09がタンベイに与えられた。ウィングレットの識別色が黄色い個体がそれと思われる。予選ではワーウィック3位にタンベイ4位とセカンドローを占めたルノー勢だったが、ポールポジションを獲ったマクラーレンのプロストからは1秒以上も離されていた。レースはマクラーレンの速さに敵わず、ワーウィックが順位を落として3位表彰台、タンベイもロータスのナイジェル・マンセルにかわされ5位に順位を落としてフィニッシュ。



第12戦オーストリアGP。予選はタンベイが5位、ワーウィックが6位と3列目に2台が並ぶ。レースは17周目にワーウィックが、タンベイも42周目にエンジントラブルが起こり、ダブルリタイヤでレースを終えた。



第13戦オランダGP。予選はワーウィック4位、タンベイ5位と相変わらずの位置だった。レースはワーウィックが23周目にクラッシュでリタイヤしたが、タンベイが6位で完走し1点を持ち帰る。



第14戦イタリアGP。このレースも低調で、予選はタンベイが8位になるのがやっとだった。ワーウィックは12位に沈み、タイムが伸び悩んだ。レースもワーウィックが31周目にエンジンの油圧低下でリタイヤ。タンベイも43周目にスロットルリンケージが壊れリタイヤに終わる。



第14戦ヨーロッパGP。タンベイはマクラーレンのプロストに僅かに及ばず予選3番手。ワーウィックは7位にいた。レースはタンベイが47周目に燃料系統のトラブルでリタイヤし、ワーウィックも61周目にターボチャージャーが壊れ11位完走扱いと、ポイント獲得の望みを絶たれる。





最終戦ポルトガルGPでは、AGSからヨーロッパF2選手権にエントリーしていたフランス人のフィリップ・ストレイフをサードカーに起用し、3カー体制となる。ストレイフのRE50-07はカーナンバーとウィングレットの識別色がグリーンに塗られた。予選はタンベイ7位、ワーウィック9位、ストレイフ13位と3台のルノーは中団に沈む。レースもタンベイがポイント獲得寸前の7位でフィニッシュした他は、ワーウィックが51周目にギアボックストラブルで、初出走のストレイフも48周目にドライブシャフトが壊れリタイヤと見るべき所はなかった。






RE40の発展型であるRE50と、フェラーリドライバーであったタンベイの加入で84年も好成績を挙げられると思っていたルノーの思惑は脆くも崩れ去った。84年は規定が変更され、マシンの燃料タンク容量が220リッターに制限されたことは、燃費がライバルに対して悪いルノーには不利に働いた。また当時のミッテラン政権下でなされた社会政策により、フランス国内では一週間の就業時間が制限されたことも、目標のためなら徹夜の連続も厭わないイギリスチームに対して不利であった。結局前年のように開発速度で劣ったルノーは伸び悩み、ついにシーズン未勝利という状況に陥ってしまったのである。ポールポジションも地元フランスでタンベイが記録した1回のみと、明らかに成績が低下していた。



予選最高位は第5戦フランスGPでのポールポジションでタンベイが獲得した。決勝最高位は第3戦ベルギーGP・第5戦フランスGP・第10戦イギリスGPの2位でフランスGP以外はワーウィックによるものだった。84年はTAGポルシェのターボエンジンを積んだマクラーレンが圧倒的に強く、ルノーに太刀打ちできなかった。またカスタマーのロータス・ルノーには大きくポイントを離され、ブラバムBMWには4点差で敗れ、コンストラクターズランキングは5位でシーズンを終える。
ルノー・スポールを率いていたジェラール・ラルースだったが、彼は85年のドライバーにマクラーレンのニキ・ラウダを獲得したいと考えオファーを出した。しかしラウダは落ち目のワークスチームに興味は無く、ラルースの目論見も失敗に終わる。低迷するチームの成績もあり居心地の悪さを感じるようになっていたラルースは、ルノーエンジンを獲得して心機一転、躍進を狙うエキップ・リジェからの誘いもあり、ルノー・スポールを辞する事を決めて去っていった。



RE50は9台が製作された。
RE50-01は開幕前のテストで使用されたのみで、レースには出走していない。シーズン開幕後は展示用のショーカーとされた。

RE50-02は開幕戦ブラジルGPで投入され、第2戦南アフリカGPまでスペアカーだった。第11戦ドイツGPで再びスペアカーとして持ち込まれ、第12戦オーストリアGPから最終戦ポルトガルGPまでタンベイ車となっている。

RE50-03は開幕戦ブラジルGPで投入され、第2戦南アフリカGPまでタンベイ車だった。第3戦ベルギーGPから第7戦カナダGPまではスペアカーとなっている。第8戦アメリカGPではワーウィックが使用し、第9戦ダラスGPで再びタンベイが使用した。このレースでクラッシュしレースを退いている。

RE50-04は開幕戦ブラジルGPで投入され、第5戦フランスGPまでワーウィック車だった。第7戦カナダGPから第11戦ドイツGPまではスペアカーとなっている。

RE50-05は第3戦ベルギーGPで投入され、第6戦モナコGPまでタンベイ車だった。このレースでクラッシュしレースを退いている。

RE50-06は第6戦モナコGPでワーウィック車として投入されたが、このレースでクラッシュしレースを退いた。

RE50-07は第7戦カナダGPでワーウィック車として投入された。第8戦アメリカGPでタンベイが使用した後、第9戦ダラスGPでワーウィック車となっている。第10戦イギリスGPでは再びタンベイが使用した。最終戦ポルトガルGPではストレイフが使用している。

RE50-08は第10戦イギリスGPで投入され、スペアカーだった第14戦イタリアGPを除いて、最終戦ポルトガルGPまでワーウィック車だった。

RE50-09は第11戦ドイツGPでタンベイ車として投入された。その後はスペアカーだったが、第14戦イタリアGPでワーウィックが使用した後は最終戦ポルトガルGPまでスペアカーとなっている。
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  1. 2015/11/23(月) 22:22:53|
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