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BRM P160E(その2)

74年、ブリティッシュ・レーシング・モータースはマールボロの支援を失った。ドライバーはジャン-ピエール・ベルトワーズが残留したが、クレイ・レガッツォーニはフェラーリに請われて再び戻ってしまった。また当初は単なるペイドライバーだったニキ・ラウダを残留させる予定であったが、彼の実力を認めたレガッツォーニが自身のチームメイトにラウダを推薦したために同様にフェラーリに移ってしまう。こうした変化の中、チームでは74年シーズン用のニューマシンの製作が進められていたが、開幕戦には従来のP160Eを投入することとした。



74年もBRMは引き続きP160Eを使用する。ただしマシンは若干の手が加えられており。その改修は前年に引き続き、マイク・ピルビームが指揮を執った。大きな変更点はオイルクーラー配置の見直しである。73年は小型のものをモノコック後端の左右に振り分けて配置していたが、74年はモノコック左側のものを若干大型化し、小型のものをモノコック右側からリアウィングステーの後部に移した。空いた右側の空間にはオイルタンクを後部から移設し、大型のフェアリングで覆っている。



このため車体右側はインテークが無く、逆に左側のインテークは箱型で大きいものとなった。ただしオイルタンク上部は露出しており、空力的にはよろしくなさそうである。ピルビームは車体中心に重量物を寄せるレイアウトを好んだらしく、サーティースTS9Aや後に設計するBRM P201でも同様のコンセプトが見られる。
エンジンはおそらく、新車に用意されていた新型のショートストロークタイプであるBRM P192を搭載していたと思われる。出力はおよそ450HP。また開幕前のテストではウェスレイク・リサーチの要請があったのか、ポールリカールでフォード・ウェスレイクWRP-190を搭載してテストが行われた。だがこのエンジンはもうフォード側に開発の意思は無かったため、以後は使用されることはなかった。BRMでのエンジン開発のデータ収集に利用したのかもしれない。ギアボックスもP192に合わせて設計された、新型のBRM P193を組み合わせていたと思われる。
ドライバーは前述のようにベルトワーズのみが残留を決めたためにチームは新たなドライバーを起用することとなり、前年にマーチから出走したアンリ・ペスカローロが移籍してきた。またサードドライバーに、72年にコニューからエントリーしたフランス人のフランソワ・ミゴーを起用した。
スポンサーはマールボロが離脱したため、ブリティッシュグリーン一色になる。ペスカローロがモチュールを持ち込んだようだが、規模は小さかった。フランス人ドライバー3人にフランスのスポンサーと、BRMはイギリスチームでありながら一挙にフランス色を強めた。エントラント名はモチュール・チームBRM。



開幕戦アルゼンチンGP。予選はベルトワーズが14位にいた以外は後方に沈んでおり、ペスカローロ21位、ミゴー24位であった。レースでは31週目に冷却水漏れでミゴーがリタイヤ。ベルトワーズが踏ん張って5位に入賞して貴重な点を持ち帰る。ペスカローロは順位を上げて9位でレースを終えた。ペスカローロ車は体格の都合上、コクピットカウルのバイザーが高さのあるものになっている。



第2戦ブラジルGP。やはり設計の古いP160Eでは苦しく、ベルトワーズ17位、ペスカローロ22位、ミゴー23位からスタートする。レースはそれぞれ10位、14位、16位で完走に留まった。



非選手権戦のレース・オブ・チャンピオンズはペスカローロのみが参戦。ここでマシンのカラーリングが変更された。新たなカラーリングはシルバーメタリックとやや明るいグリーンの二色となっており、それまでと比べて明るい印象である。予選5位からスタートしたペスカローロは7位で完走。



第3戦南アフリカGPでニューマシンのP201が1台だけ投入され、P201はベルトワーズが使用したため、ペスカローロとミゴーがP160Eを使用した。予選21位からスタートしたペスカローロは18位で完走。予選25位からスタートしたミゴーは15位まで順位を上げてレースを終えた。



第4戦スペインGP。P201のベルトワーズに比べてP160Eのペスカローロとミゴーは下位に沈んでおり、厳しい状況だった。予選20位からスタートしたペスカローロは12位で完走したが、22番手スタートのミゴーは27週目にエンジントラブルでリタイヤ。



第5戦ベルギーGPはペスカローロが予選15位にいたが、12週目にクラッシュしリタイヤ。ミゴーは相変わらずの後方22番手からスタートし16位で完走。



第6戦モナコGP。ミゴーが予選22位、ペスカローロは最下位27番グリッドからスタートする。レースはミゴーが4週目にクラッシュしてリタイヤ。ペスカローロは粘っていたが62週目にギアボックスが壊れリタイヤ。



第8戦オランダGPはミゴーにP201が与えられた。ペスカローロもベルトワーズのP201を使用したが、レースカーはP160Eだった。P201のミゴーより一つ上の24番手からスタートしたペスカローロだったが、ハンドリング不良で15週目にリタイヤ。



第10戦イギリスGPはミゴーが不調のP201を差し置いてBRM勢最上位の予選14位を獲得。だがレースでは週回数不足で完走扱いにならなかった。



第11戦ドイツGP。ミゴーは予選落ちに終わる。新車でもないP160Eの戦闘力はもう無きに等しい。



1カー体制に縮小した第12戦オーストリアGPの後、第13戦イタリアGPからはミゴーにもP201が与えられたため、P160Eはようやくその役目を終えた。74年は新車P201を製作していたが、資金的な問題なのかその投入は段階的であり、ペスカローロとミゴーはP160Eでの戦いを強いられた。またミゴーは経験も浅く、戦闘力の低いP160Eでは下位に位置するしかなかった。ペスカローロにしてもそれは同様で、アップデートがなされない旧型マシンでは戦いようも無かったのである。予選最高位は開幕戦アルゼンチンGPと第10戦イギリスGPでの14位で、それぞれベルトワーズとミゴーが記録した。決勝最高位は開幕戦アルゼンチンGPの5位で、ベルトワーズによるものだった。74年はアルゼンチンGPでの2点がコンストラクターズランキングを競う上で大きなものとなった。




P160Eは3台がP160Dから改修され、4台が新造された。
P160E-01はP160D-01から改修されて73年のスペインGPでラウダ車として投入された。第7戦スウェーデンGPから第9戦イギリスGPまではベルトワーズ車となっているが、イギリスGPでクラッシュしレースを退いた。

P160E-03はP160D-03から改修されて73年のレース・オブ・チャンピオンズでベルトワーズ車として投入された。第4戦スペインGPから第6戦モナコGPまでベルトワーズが使用したが、モナコGPでクラッシュしてレースを退いた。

P160E-05はP160D-05から改修されて73年のインターナショナル・トロフィーでシュパンが使用した。第4戦スペインGPから第8戦フランスGPまでと第12戦オーストリアGP・第13戦イタリアGPでスペアカーとなっている。第14戦カナダGPと最終戦アメリカGPはラウダ車だった。
74年は開幕戦アルゼンチンGP、第2戦ブラジルGP、インターナショナルトロフィー、第5戦ベルギーGPでミゴー車だった。

P160E-07は新造され、73年のインターナショナル・トロフィーでレガッツォーニ車として投入された。第8戦フランスGPまでレガッツォーニが使用し、第10戦オランダGPから最終戦アメリカGPまではベルトワーズ車となっている。

P160E-08は新造され、73年の第5戦ベルギーGPでラウダ車として投入された。第11戦ドイツGPまでラウダ車だったが、そのレースでクラッシュしレースを退いた。

P160E-09は新造され、73年の第9戦イギリスGPでレガッツォーニ車として投入された。最終戦アメリカGPまでレガッツォーニが使用している。
74年はウェスレイクV12のテストに使用した後、開幕戦アルゼンチンGPからブラジリアでの非選手権戦までベルトワーズ車だった。第3戦南アフリカGP・第4戦スペインGP・第8戦オランダGPはミゴーが使用した。第9戦フランスGPから第11戦ドイツGPまではスペアカーだった。

P160E-10は新造され、73年の第13戦イタリアGPでラウダ車として投入された。そのレースでクラッシュし以後の73年のレースには出なかった。
74年は開幕戦アルゼンチンGPから第6戦モナコGPまでと、第8戦オランダGPでペスカローロ車だった。第9戦フランスGPから第11戦ドイツGPまではミゴーが使用している。
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  1. 2014/07/20(日) 19:41:09|
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