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BRM P180

72年シーズンは新たにフィリップ・モリス社からマールボロのブランドで支援を受けることになったブリティッシュ・レーシング・モータース。新たにサテライトチームを組織して3カー体制+1あるいは2カーという布陣で挑むことになったが、新車の投入はヨーロッパラウンドを予定していた。



72年シーズンのために用意されたのが新車P180である。P180のデザインはP160に引き続き、チーフデザイナーのトニー・サウスゲートとアシスタントのデイブ・ワスが手がけた。車体はP160を基本にしているため、外形には似た部分がある。



だがP180では新たに空力を重視した車体にすることと、トラクションをリアアクスルに多くかけるために冷却機器をギアボックス周辺に配置するという、かなり大きなマシンコンセプトの変更を行っている。ノーズはロータス72のようなウェッジタイプとなり、P153以来の特徴であったラジエターは移設された。モノコックもP160を基本にしつつ、高さを低めてより丸みを帯びたものとなっている。コクピットカウルもミラー一体としたため、ステアリングが接触してしまうことからその部分が切り欠かれているのも大きな特徴である。



ラジエターはギアボックスの両脇に装備されており、P160のようにインダクションボックスでエアを導く。P160でこの場所にあったオイルクーラーはリアウィングステーの手前に設置された。



このためエンジンのインダクションポッド両脇にインテークをさらに設けて、ウィング下部のオイルクーラーにエアを導く構造になっている。こうした変更により、前後の重量配分はP160の前35:後65から前30:後70に変化した。車重はP160Bより若干軽い550kgである。トレッドはP160Bと変わらないが、ホイールベースは40mm延長されている。
エンジンは新たに、ピーター・ウィンザー-スミスが従来型をベースにショートストローク化を施したBRM P142 Mk3を搭載した。出力は450HP近くと思われる。これにP160Bと同じく、BRM製のP161ギアボックスを組み合わせた。



第3戦スペインGPでP180は2台が投入され、エース格であるジャン-ピエール・ベルトワーズとピーター・ゲシンに与えられた。これにより旧型P153を使用していたサテライトチームのドライバーもP160Bを使用するようになったのだが、P180は走らせてみると顕著なアンダーステア傾向を示した。またベルトワーズのP180-02はブレーキにトラブルがあり、結局彼はスペアカーのP160Bでレースに挑んでいる。フロントウィングはローンチ時のものから、一般的なウィングノーズに変更されている。



ゲシンは予選21位に沈み、レースもBRM勢では最後まで生き残っていたが、65週目にエンジンが壊れリタイヤとなった。



第4戦モナコGP。ひとまずP180は1台のみに絞り、これは前回使用しなかったハウデン・ガンレイに与えられた。だがここでもP180は全く戦闘力が無いことが露呈し、ガンレイはBRM勢最下位の予選20位に沈む。レースは47週目にクラッシュしリタイヤに終わった。ここではベルトワーズが勝利を挙げることができたが、彼のマシンはP160Bだった。結局チームは問題点の修正のため、P180を一時的にグランプリから撤退させることとした。また同時に平行して、P160Bの戦闘力を向上させるべくアップデートに取り組んでいる。



しばしの間を置いて、第10戦イタリアGPで再びP180が持ち込まれた。ギアボックス上のオイルクーラーがモノコックの右側後端に設置されP160Cのような形態となった。インダクションポッドもスリムなものに交換されている。若干ながら重量配分が改善されていたと思われるが、ラジエターは相変わらずギアボックスの両側にあり、根本的なマシンの性格までは変わっていないようだ。このレースではベルトワーズのみがP180を使用したが、予選は16位と相変わらず不振で、P160Cのゲシンやレイネ・ウィセルよりも遅かった。レースではどうにか順位を上げて8位で完走している。



第11戦カナダGPには改修なったP180-01も投入され、2台のP180が揃った。1台は前戦同様にベルトワーズが使用したが、もう1台は69年にBRMからカナダGPに出走したビル・ブラックを起用した。だがP180は相変わらずP160Cの2台より遅く、ベルトワーズが20番手、ブラックが23番手という有様だった。レースでは経験の浅いブラックが20週目にスピンしてエンジンストールしそのままリタイヤ。



ベルトワーズも21週目にオイル漏れが起こりレースを終える。オイルクーラーのフェアリングはP160Cによく似ているが、右側にしか存在しない。



最終戦アメリカGP。やはりベルトワーズがP180を使用し、もう1台はスポット参戦のブライアン・レッドマンに与えられた。予選はベルトワーズ18位、レッドマン24位と下位に沈んでおり、このマシンがもうどうしようもない代物だということは明らかだった。レースは34週目にレッドマンのマシンのコンロッドが壊れ、ベルトワーズも40週目に点火系のトラブルでP180の2台ともがリタイヤに終わった。



非選手権戦のワールドチャンピオンシップ・ビクトリーレースではベルトワーズがP180を使用した。予選は7番手でヴァーン・シュパンやゲシンよりも上位で、レースでは順位を上げて勝利を飾った。とはいえシーズン終了後の非選手権戦であり、この勝利も気休め程度にしかならなかった。



P180の最高位は予選16位、決勝8位の第10戦イタリアGPでベルトワーズによるものだった。
一言で言えばP180は失敗作だった。チームは諦めずに改良を試みて終盤にマシンの再投入を行ったが、そもそも重量配分の問題から起きたマシンの性格は矯正できなかった。ではラジエターを移設していればよかったのだろうか? ラジエターをリアアクスル以外に置いたマシンとはそれ即ちP160であり、チームはシーズン中に改良型のP160Cを同時並行で投入していた。P180はこの車に比して全く劣っており、翌シーズンに向けてP180をこれ以上改良する意味もなかったのである。P180は意欲作だったが、デザイナーのサウスゲートの意図ほどの速さを見せることができず、彼のBRMでの経歴に傷を残した。そしてシーズンが終わるとともに、F1世界選手権への参加を計画していたアメリカのアドバンスド・ビークル・システムズが彼にチーフデザイナーのポジションを示して誘いをかけてきた。P180の失敗もあり、サウスゲートはBRMから移籍することを決めてチームを去っていったのだった。





ドニントン・コレクションに所蔵されているP180。オイルクーラーが移設された末期の仕様だが、なぜかノーズはローンチ時のタイプである。ウィングノーズとスポーツカーノーズの中間のようなスタイルをしている。


P180は2台が製作された。
P180-01は第3戦スペインGPでゲシン車として投入された。第11戦カナダGPではブラックが、最終戦アメリカGPではレッドマンが使用した。

P180-02は第3戦スペインGPでベルトワーズ車として投入されたがスペアカーとされた。第4戦モナコGPでガンレイ、インターナショナル・ゴールドカップでウィセルが使用している。第10戦イタリアGPからワールドチャンピオンシップ・ビクトリーレースまではベルトワーズ車だった。
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  1. 2014/06/01(日) 22:18:38|
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