FC2ブログ

誰得

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

BRM P160B

71年シーズンは2人のドライバーを喪いながらも、コンストラクターズランキングは3リッター規定下で最高の2位を手にしたブリティッシュ・レーシング・モータース。それまでスポンサーを務めたヤードレーは契約の更新をしなかったが、チームは新たにフィリップモリス社からマールボロのブランドで支援を受けることが決まった。
またチームの体制にはいくらか変化があった。前年はほぼ毎戦で3カー体制を維持し、いくつかのレースでスポットで起用したドライバーを加えた4カーあるいは5カーという布陣で挑んでいたBRMだが、72年シーズンはその体制をさらに強化することとした。従来からの3カー体制を基本とするチームとは別に、マールボロからのバックアップを受けるドライバーを乗せるためのマシンとチームを新たに編成したのである。この言わば「Bチーム」は専属のメカニックがBRMの本隊とは別におり、別働隊のようなものだった。
そして72年シーズン用にニューマシンP180の開発が進められていたが、この車の投入はヨーロッパラウンドを予定していた。そのためチームはアウェイでの開催となる開幕からしばらくのレースは、前年に投入したP160に改良を施して投入することとしたのである。新車P180が投入された後、P160BがBチームに引き渡されてシーズンを戦う予定になっていた。



こうして72年シーズンに向けて用意されたのがP160Bである。デザインはトニー・サウスゲートとデイブ・ワスが手がけた。基本的にはP160と大きく変わった部分は無く、72年の規定に合致させて各部を改修した程度である。72年は重大事故への懸念からコクピット開口部面積が規定され、P160Bではこの寸法に合わせてモノコックの開口部を拡大した。それ以外の安全装備への諸対策もなされている。車体も全幅が規定されたため、71年時に比べて僅かだが拡大されている。またモノコックはインナーパネルの厚みを増し、強度を増やした。ロールバーも強度を増した新タイプに交換されている。見た目にはエンジンのインダクションポッドが装備されているのがわかりやすい相違点である。前年にテストしながらもレースでの使用は無かった装備だが、72年シーズンはBRMも採用に踏み切った。
メカニカル面ではリアサスペンションの変更がなされた。これはP180用に開発しているもののプロトタイプで、トレッドも50mm拡大されている。ラジエターとオイルクーラーの容量も増加した新タイプとなった。車体重量は最低規定重量の550kgより若干重い、560kgだったようだ。
エンジンはP180用に改良型のV12が開発中であったが、P160Bでは前年と同じV型12気筒のBRM P142 Mk2を搭載した。10750rpmでおよそ440HPを発揮する。ギアボックスも引き続き、BRM製のP161を組み合わせる。



ドライバーはピーター・ゲシンとハウデン・ガンレイは残留しているが、前年所属していたジョー・シフェールが事故死してしまったため、新たにドライバーを起用しなければならなかった。そのためマールボロの後押しでスペイン人のアレックス・ソーラー-ロイグとヘルムート・マルコの起用が決まった。スポンサーはマールボロがつき、タバコのパッケージと同じカラーリングにマシンが塗られる。エントラント名はマールボロBRM。



開幕戦アルゼンチンGPから、BRMはいきなりの5台体制である。ただしマシンは全てがP160Bだったわけではなく、レイネ・ウィセルとマルコは旧型のP153だった。予選はガンレイが13位、ゲシンが18位、スペイン・マールボロBRMのソーラー-ロイグが21位であった。レースではソーラー-ロイグがスロットルが壊れ、ゲシンもオイル漏れのためにオープニングラップでリタイヤ。ガンレイが9位で完走したに留まる。



第2戦南アフリカGP。マールボロの後押しもあり、前年はマトラに所属していたジャン-ピエール・ベルトワーズを招いた。ベルトワーズは予選11位からスタートしたがバルブが壊れ61週目にリタイヤ。16番手スタートのゲシンと18番手スタートのガンレイは最後方を走っていたが、週回数不足で完走扱いにはならず。



160B-03のゲシンはインダクションポッドなしの仕様である。



非選手権戦のレース・オブ・チャンピオンズでもBRM勢は冴えなかった。ゲシンが予選2位、ガンレイ6位、ベルトワーズ9位からスタートするがレースでは2台とも順位を落とし、それぞれ4位、7位、ベルトワーズがどうにか6位という結果だった。



非選手権戦のインターナショナル・トロフィー。ゲシンが2番グリッド、ベルトワーズが3番グリッドを得た。レースはゲシンが6位に順位を落としたが、ベルトワーズが2位表彰台を獲得。このレースからインダクションポッドが赤に塗られるようになったようだ。



第3戦スペインGPで新車P180が投入され、ゲシンとベルトワーズに与えられた。このためP160BはウィセルとBチームのソーラー-ロイグとガンレイに与えられている。だがP180はとんでもない失敗作で、ベルトワーズはスペアカーのP160Bを選択した。予選はベルトワーズ7位、ウィセル10位、ガンレイ20位、ソーラー-ロイグ22位。決勝はソーラー-ロイグが6週目にクラッシュで消え、9週目にベルトワーズがギアセレクターが壊れリタイヤ。ウィセルも24週目にクラッシュして脱落、ガンレイも38週目にエンジントラブルでリタイヤ。最後までP180で走っていたゲシンもエンジントラブルでリタイヤしBRM勢全滅。



第4戦モナコGP。P180は1台だけ持ち込まれたがガンレイが使用した。P160Bは数が不足したため、Bチームに引き渡したシャシーは引き揚げ、代わりに旧型P153をモディファイしたBスペックをマルコに与える事態に陥っている。予選はベルトワーズ4位、ゲシン5位と続き、ウィセルは16位だった。



雨が降るレースはスタートで抜群の加速を見せたベルトワーズがトップに躍り出て、後続を引き離していく。ウィセルは16週目にエンジントラブルで脱落。ゲシンも27週目にクラッシュしてリタイヤ。難しいコンディションをトップで走りきったベルトワーズが72年シーズンのBRMに初勝利をもたらした。



第5戦ベルギーGPではついにP180が引っ込められた。スポットでヴァーン・シュパンを起用したが彼には旧型P153が与えられている。予選はベルトワーズ6位を筆頭にガンレイ15位、ゲシン17位、マルコは予選のみP160Bを使用し23番手タイムを記録。レースは光る走りを見せていたベルトワーズが15週目にオーバーヒートでリタイヤ。ゲシンも27週目に燃料ポンプが壊れ、ガンレイがどうにか8位で完走に終わる。



ヴァレルンガでの非選手権戦はゲシンとガンレイのみの2台が参戦した。予選はガンレイ2位、ゲシン3位だったが、ゲシンがギアボックスのトラブルでリタイヤ。ガンレイは5位だった。



第6戦フランスGP。改良型のP160Cが登場しベルトワーズが使用したが、レースには使われなかった。ベルトワーズはガンレイのP160B-05で決勝を走り、15位で完走。



ゲシンのP160B-03はインダクションポッドなしの仕様で、リアウィング上面やノーズのMarlboro BRMのロゴなど細かい違いがあるようだ。ゲシンは予選のアタック中にクラッシュし出走できず。



ガンレイは予選20位だったが、マシンをベルトワーズに取られて出走できず。



忘れた頃にやってくるウィセルは予選18位からスタートしたが、25週目にシフトリンケージが壊れリタイヤ。



オーストリア・マールボロBRMのマルコはスペアカーのP160B-06を使うことができたのでレースカーに選択。予選6位とBRM勢最速で気を吐いたが、レース中に前の車が跳ね上げた小石がヘルメットのバイザーを貫通して目に直撃しレース続行不能に。結局この負傷によってマルコのレースキャリアは絶たれてしまった。オイルクーラーのインダクションボックスが無い。



チームの地元である第7戦イギリスGPはベルトワーズがP160Cを選択。またチームは新たにジャッキー・オリバーをスポットで起用した。



オリバーが予選14位、ゲシンが予選16位からスタートしたが、レースはゲシンが5週目にエンジントラブルでリタイヤ。オリバーも36週目にサスペンションが壊れリタイヤに終わる。



ゼッケン44はスペアカーのP160B-06である。P160Bがレースを走ったのはこのレースが最後だった。





結局ニューマシンP180は失敗作であり、チームは対応に追われた。サウスゲートらは急ぎP180の改良に着手したが、この思わぬ躓きによって、Bチームは本来使用するはずであったP160Bの使用を先送りにされてしまう影響も生じた。結局P160Bも改良の手を加えることになり、第6戦フランスGPで投入したP160Cは改良が良い方向へ向いたマシンであったので、シーズン後半はこの車をメインに戦うことをチームは決める。それでもP180の改良も継続されていたのだが。
最高位は予選4位から優勝した第4戦モナコGPで、ベルトワーズによるものだった。ベルトワーズの走りが光っていたが、それ以外には特筆するような結果もなく、マシントラブルも相変わらずでリタイヤも多かった。



P160Bは2台が新造され、3台がP160から改修された。
P160B-01はP160-01から改修されてブラジルGPでマルコ車として投入された。インターナショナル・トロフィーから第5戦ベルギーGPまでベルトワーズ車となり、P160Bでは最初にP160Cに改修されている。

P160B-03はP160-03から改修されて開幕戦アルゼンチンGPで投入され、ソーラー-ロイグが使用した第3戦スペインGPを除いてゲシン車だった。インターナショナル・ゴールドカップ、第5戦ベルギーGP、第8戦ドイツGPはスペアカーだった。最後までP160Bだった個体で、その後P160Cに改修されている。

P160B-04はP160-04から改修されて開幕戦アルゼンチンGPで投入され、ウィセルが使用した第4戦モナコGPと第6戦フランスGP、オリバー車だった第7戦イギリスGP以外でガンレイ車だった。その後P160Cに改修されている。

P160B-05は新造されて開幕戦アルゼンチンGPで投入され、ソーラー-ロイグが使用した。第2戦南アフリカGPからブラジルGPまではベルトワーズが使用し、第3戦スペインGPはウィセル車だった。第5戦ベルギーGPはゲシンが、第6戦フランスGPは当初ガンレイ車だったがリスタート時にベルトワーズが乗り換えて使用している。その後P160Cに改修された。

P160B-06は新造されて第6戦フランスGPで投入され、第7戦イギリスGPまでスペアカーだった。フランスGPではマルコが使用したが、すぐにP160Cへ改修されてしまっている。
スポンサーサイト
  1. 2014/05/26(月) 02:33:19|
  2. F1マシン
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<BRM P180 | ホーム | ジャック・ブラバム死去>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://bouck.blog.fc2.com/tb.php/31-5bf9a07f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

Bou_CK

Author:Bou_CK
歴史に残らないレーシングカー(主にF1)のマニア

最新記事

カテゴリ

ここは何 (1)
F1マシン (354)
F1マシン目次 (1)
F1:資料的な何か (30)
F1:メモ書き (4)
タスマン・シリーズ (9)
F5000マシン (3)
F2マシン (2)
F3000マシン (1)
その他マシン (15)
アルファロメオ179 (1)
F1 (2)
イベント (13)
未分類 (7)
(131)

最新コメント

月別アーカイブ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。