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ルノーRE30


79年の初勝利に続き、80年シーズンは合計3勝を挙げた他、多数のポールポジションを獲得したルノー・スポール。ターボエンジンの優位をF1に示したルノーであったが、信頼性にはまだ問題もありチャンピオン争いに絡むまでには至らなかった。とはいえツインターボエンジンを搭載したRE20は最速マシンと言って良く、マシンの方向性は定まっていた。
しかし一方で長年ターボエンジンの開発を担当してきたジャン-ピエール・ジャブイユはリジェと契約しチームを離脱してしまった。このためルノーは新たにマクラーレンから有望な若手のアラン・プロストを迎え入れ、残留したルネ・アルヌーと若手のコンビを組んで選手権に挑んだ。81年はレギュレーションの改定によりスライディングスカートというグラウンドエフェクトカーに不可欠な装備が禁止され、マシンは多くのダウンフォースを失った。ひとまず様子見をする意味でも前年型マシンを規定に合致させたRE20Bを投入したチームであったが、開幕からすぐにブラバムチームが車高調整装置を開発してマシンに装着、走行中の車高を下げることで失われたダウンフォースを回復するという、規定の盲点を突いた装備によって優位に立った。これがFISAによって黙認されると、他チームも簡易型の車高調整システムの開発に追随した。ルノーも例外ではなく車高調整システムの開発に着手したが、これは新車の投入には間に合わせることはできなかった。システムの投入を待たずして第5戦ベルギーGPを前にようやく、ルノーの81年用ニューマシンであるRE30が完成した。



RE30のデザインは技術面を統括するベルナール・デュドの下、ミシェル・テツとマルセル・ユベールが担当した。RE30はRE20に比してかなりの進化を遂げたマシンとなっている。ノーズは若干細くなり、燃料タンクも高さが減って後方へ伸びたため、若干スリムになった印象がある。



ファクトリーでアッセンブルを待つRE30。モノコックは前部ロールフープを廃して閉断面となり、ようやく他チームと同レベルの形態となった。バルクヘッドも組み立て式のものから削り出しのものとなり、軽量化とともに剛性を高めている。
エンジンはRE20Bと同じく、V6ツインターボのルノーEF1を搭載した。KKK製のターボチャージャーを備え、2.7バールの過給圧からおよそ530HPを発揮する。81年のEF1はそれまでの鋳鉄製ブロックからアルミ鋳造のブロックに変更されており、全くの別物と化していた。ギアボックスケーシングは新設計のものとなり、これによりホイールベースをRE20Bから13cm短縮することができた。ギアはヒューランド製のものを使用している。





RE30のローンチはノガロサーキットで行われた。テストには比較のためかRE20Bも持ち込まれていたようである。



RE30が最初に持ち込まれたレースは第5戦ベルギーGPだった。ここでは新車のRE31がアルヌーに与えられたが、アルヌーは交通違反で警官と揉めて逮捕されてしまい、決勝へ進出することができなかった。一方プロストはプロトタイプシャシーのRE30を与えられた。とはいえ車体はRE31と同タイプにアップデートされており、ローンチ時とは姿がかなり異なっている。サイドポンツーンは高さが低められた上で平坦になり、かなりスマートな印象となった。カラーリングもノーズ周りが白一色になった他、黄色の面積も増えている。コクピット前にはルノーダイヤモンドが大きく描かれた。カウルはカーボンファイバーを使用したことで、軽量化を図った。車重は600kgとなっている。ノーズコーンはフロントウィングが両脇に装備されたローンチ時のものをそのまま取り付けているために、一部が黄色い奇妙な塗り分けになってしまっている。



フロントウィングはフェラーリ風の一枚板タイプも使用され、以後もこれが標準となる。プロストはプラクティスでRE30を使用したに留まり、レースはRE22Bを使用している。



第6戦モナコGP。ルノーもハイドロニューマチックサスペンションを開発し、RE31とRE32に搭載された。その他の変更点としてはサイドポンツーンに若干変更があり、ラジエターアウトレットにはカバーが取り付けられ、リアタイヤの前にフィンが装備された。だがアルヌーはRE31を好まず、レースはスペアカーのRE26Bを使用している。RE32を使用したプロストは9番手からスタートしたが、45週目にエンジントラブルでリタイヤ。



第7戦スペインGPでニューシャシーのRE33が投入され、アルヌーに与えられた。5番手からスタートしたプロストだったが28週目にクラッシュしてリタイヤ。アルヌーは予選で17位に沈んでいたが、無事に完走して9位でレースを終えた。



第8戦フランスGPでは新型のリアウィングと、ギアボックス周辺を覆うタイプのアンダーパネルを投入した。カラーリングは若干変更され、フロントサスのフェアリングに黒いラインがアクセントで入れられている。またカーナンバーがウィングレットに移動した。RE32の修復も終わってスペアカー含む3台をレースに持ち込むことが可能になり、RE20Bは役目を終えている。ルノーにとっては地元レースであり負けは許されない。予選はマクラーレンのジョン・ワトソンに割って入られたものの、アルヌーがポールポジションを獲得しプロストが3位に続いた。レースは58週目ににわか雨が降り赤旗中断となったが、プロストはピットインの間に不調のギアボックスを修理してしまった。またミシュランタイヤ勢はタイヤ交換でかなり有利な展開となった。結局残りのレースは再スタートでトップに立ったプロストが僅差でワトソンを抑えて制し、アルヌーは4位に入賞。プロストは地元レースで初勝利という嬉しい結果となった。



第9戦イギリスGP。RS01以来受け継がれてきた翼端板で支持するリアウィングはついに廃され、ギアボックス上部に取り付けたステーで支持するコンベンショナルなタイプのリアウィングに変更された。予選はアルヌーがポールポジションを獲得し、プロストが続いて2番手とフロントローを占める。しかしレースはトラブルに苦しめられ、プロストは17週目にバルブが壊れリタイヤ。アルヌーも終盤の64週目にフューエルポンプのトラブルでエンジンが止まり、リタイヤとなってしまった。



第10戦ドイツGPでも最速はルノーターボの2台だった。プロストが自身初のポールポジション、アルヌーは2位でイギリスGPに続きフロントロー獲得。レースではアルヌーが接触によりパンクして順位を後退、プロストも終盤にブラバムのネルソン・ピケにかわされてしまい、最終的にプロストが2位表彰台、アルヌーは13位でレースを終えた。



第11戦オーストリアGP。予選でフロントローを獲得したのはやはりルノーの2台で、アルヌーがポールポジション、プロストが2番手に続いた。だがプロストは26周目にフロントサスが壊れリタイヤ。アルヌーは39周目にリジェのジャック・ラフィーにかわされ、2位でレースを終えた。



第12戦オランダGPでニューシャシーのRE34がプロストに与えられた。RE34はカラーリングが小変更され、コクピットカウルの黄色と白は上下が反転し、統一感のあるものとなった。カウルは若干変更が加えられてノーズ部分の分割が変わったようだ。



アルヌーのRE33は前戦と同じカラーリングである。
予選は4戦連続でルノーがフロントローを占め、プロストがポールポジション、アルヌー2番手と続く。レースはアルヌーが21周目にリタイヤしたが、プロストがポールトゥーフィニッシュを飾って2勝目を挙げた。



第13戦イタリアGP。アルヌーのRE33もRE34と同じカラーリングに変更された。予選はアルヌーがまたしてもポールポジションを獲得し、プロストはウィリアムズのカルロス・ロイテマンに続く3位につけた。レースはアルヌーが12週目にコースアウトしてリタイヤ。プロストはウィリアムズの2台を抑えてトップに立ち、オランダGPに続けて2連勝。





第14戦カナダGP。マシンの改良は細かく続けられており、サイドポンツーンはハニカム材を使用して軽量化した新型となった。フロントホイールも13インチとなり、RE34はフロントとリアのウィングもカーボン製の新型となった。これにより初期型より5kg軽量化された595kgとなっている。エンジン周りもインジェクターが新型となり、インタークーラーも新タイプとなった。
予選はプロストが4位を得たがアルヌーは8位に沈んだ。レースでもオープニングラップのクラッシュでアルヌーが姿を消し、プロストも48週目にアクシデントでリタイヤしてしまう。



最終戦アメリカGP。前回のカナダでシャシーを壊したアルヌーのためにプロトタイプのRE30がアップデートを施した上で投入された。予選はプロストが5番手に食い込んだものの、アルヌーは13位と今ひとつな位置にいた。レースでアルヌーは電気系統のトラブルにより10週したところでリタイヤしてしまったが、プロストは順位を上げ2位表彰台を獲得。




81年のルノーは最速マシンであったが、やはりターボエンジンにトラブルが多く予選の結果を生かせないレースがあった。コンストラクターズでは安定感のあるウィリアムズに大差をつけられ、ドライバーズでもプロストがシーズン最多タイの3勝をマークしながらも、完走すれば表彰台、それ以外はリタイヤという結果でポイントを稼げずブラバムのピケに負けた。アルヌーも速さはあったがやはり完走できないレースが多く、ルノーは多くのポイントを取りこぼしてしまうことになってしまったのである。とはいえ新加入のプロストの才能は疑う余地も無く、F1ドライバー2年目ながら優れた走りでチームに貢献した。



81年のルノーは6戦でポールポジションを獲得し3勝を挙げ、これ以外にRE20Bでのものを含めて4回の表彰台を獲得し、合計54点を得てコンストラクターズランキングは3位でシーズンを終えた。シーズン序盤は全く結果が出なかったのはシーズンを戦う上で影響を与えたが、RE30という優れたマシンが完成し、チャンピオン獲得に向けてルノーは82年シーズンに挑むこととなる。



RE30は5台が製作された。
RE30は第5戦ベルギーGPでプロストのスペアカーとして投入された。プロトタイプのため以後はレースに持ち込まれず、損傷したRE33の代替として最終戦アメリカGPでアルヌーが使用したのみに留まっている。
RE31は第5戦ベルギーGPでアルヌー車として投入された。第6戦モナコGPでも当初レースカーだったがスペアカーになり、以後は第8戦フランスGPから第11戦オーストリアGPまでスペアカーだった。レースに出走しておらず、あまり出来の良くないシャシーだったのかもしれない。
RE32は第6戦モナコGPで投入され、第11戦オーストリアGPまでプロスト車だった。第12戦オランダGPから最終戦アメリカGPまではスペアカーとなっている。
RE33は第7戦スペインGPで投入され、第14戦カナダGPまでアルヌー車だった。
RE34は第12戦オランダGPで投入され、最終戦アメリカGPまでプロスト車だった。82年シーズンを前にRE30Bに改修されている。
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  1. 2015/06/28(日) 04:07:06|
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